川崎市の登戸で起きた殺傷事件の取材に来たマスコミを見て思ったこと

こんばんは。ねふまろです。


今日、また凄惨な事件が起きてしまいました。

川崎市多摩区登戸新町のスクールバスのバス停で、バスに乗ろうとしていた小学生が次々に包丁で刺され、小学6年生の女の子一人と、別の児童の保護者である男性一人が亡くなりました。

犯人は自殺したそうです。


実は、自分はこの事件の現場から割と近い所に住んでいます。
確かに今朝、パトカーや救急車のサイレンが聞こえましたが、まさかこんなことが起きていたとは思いませんでした。


今日はお昼すぎに出掛けました。その際に事件現場のあたりを通ったのですが、

現場近くの道路にはテレビ局の車が何台も列をなして停まっていて、マスコミ関係者と思われる人が少なくとも100人以上はいました。

ただの素人考えかもしれませんが、こんなに人が必要なのか?と疑問が生じました。

もちろん伝えることはとても大事なことですし、日本全国にこの事件の詳細を知りたがってる人がたくさんいるとは思います。

けど、テレビ局の車のせいで道路が狭くなるし、マスコミ関係者が歩道に広がっているので歩行者の邪魔にもなっていました。


「なんか違う気がするなあ」と違和感を覚えました。


その後自分の用事を済ませ、帰宅時にまた現場付近を通りました。

もう夜だったのでさすがにマスコミの皆さんは帰ったかなと思っていましたが、全然そんなことはありませんでした。


テレビ局の車は少し減ったように思えましたが、道路に停まっているタクシーの数がかなり増えていました。

なぜだろうと思っていると、そこにまた新しくタクシーがやって来て、車内から、カメラを持った記者のような人が出てきました。

ということは、他のタクシーも全部、マスコミ関係者が乗ってきたものなのかもしれません。

タクシーは、現場付近の道路や、すぐ近くのコンビニの駐車場に何台も停められていました。迷惑になるとは思わないんでしょうか。

「事件を伝えるためだからそんなことどうでもいい!」といった感じなんでしょうか。


現場にはまだ数十人のマスコミ関係者らしき方々がいました。

そして、たくさんのカメラマンが、現場に献花なさっている方々のことをパシャパシャと何枚も何枚も写真に撮っていました。

やはりなんかもやもやするというか、複雑な思いでした。
いい写真が撮れるとやはり嬉しいんでしょうか。


確かに普段、新聞やネットニュースなどで様々な事件の写真を目にします。
その写真はどれも、カメラマンが撮影することで生み出されている。

当たり前のことなんですが、今まであまりじっくり考えたことがありませんでした。

写真には、その写真を撮ったカメラマンが写らないので、「撮る人がいる」ということを普段はなかなか意識することがなかったのかもしれません。

テレビの映像にしても、多くの人の協力がないと作り出すことはできないだろうし、

事件に関する様々な情報も、記者の方が色々な人に取材することで集まってくるものですし、現場にマスコミ関係者がたくさんいるのは、当然というか、自然なことなのでしょうか。


記事やニュースを作成する側の人たちのことは普段あまり見ることがありませんが、そういう裏側も含めた全体像を見てみることで、ようやく気づけることなどがあるのかもしれません。


んーでもやっぱり、もう少しスマートにできないかなあと、複雑な思いを抱いてしまいます。


自分でも何が言いたいのかよくわかりませんが、思ったことをそのままストレートに書いてみました。


今回の事件で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、被害に遭われた方々の少しでも早いご回復をお祈りいたします。


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