授業中に先生に当てられるのが嫌で学校へ行けなくなった時の話(赤面症、社会不安障害)

こんにちは。ねふまろです。

今回は、自分が学校へ行けなくなった時の話をしたいと思います。


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授業中に当てられると顔が赤くなる

自分は高校3年生の春頃、学校へ行けなくなり、2ヶ月ほど休みました。
理由は、授業中に先生に当てられるのが嫌だったからです。

自分が通っていた高校は、それほど優秀というわけではないですが、ほとんどの生徒が大学や専門学校などに進学するような学校でした。

しかし、自分は進学に一切興味がなく、勉強も好きではなかったため、高校に入ってからまったく勉強しなくなりました。

なので、授業中に先生に当てられても、まったく答えることができませんでした。

それだけならまだいいのですが、自分の場合、当てられると、
顔が赤くなったり、顔が引きつったり、冷や汗をかいたりすることが多く、
それを周りの人に見られるのがとても恥ずかしくて、
「うわ…あいつ顔赤くなってる…」などと思われているのではないかととても不安でした。

当てられることもそうですが、人前で何かを発表する際にも顔が赤くなってしまい、それもとても嫌でした。

英作文の発表、リコーダーの発表など、今思い出してもとても嫌な気分になります。

顔が赤くなっているのをクラスのみんなに見られることが嫌で嫌で仕方なく、
発表のある授業には出ず、トイレに隠れることも何度かありました。

授業中に当てられることは高校1年生の頃からありましたが、我慢したり逃げたりすることで、なんとか学校へ通い続けることができました。

しかし、高校3年生になり、ついに耐えられなくなってしまいました。


学校へ行けなくなる

3年生になってからも、やはり授業中に当てられると顔が赤くなり、そしてそれを周りに見られるのが嫌で嫌で仕方なく、まさに穴があったら入りたいというような状況でした。

「こんな思いをしてまで高校に通いたいわけじゃない」と思うようになり、1年生、2年生の頃にはなんとか通えていた学校へ、ついに通えなくなってしまいました。

不登校、再登校

わざわざ学校へ行く意味を見出せなかったため、もう学校を辞めようかとも考えましたが、何度も何度も考え直し、
「とりあえずまた通ってみて、無理せず自分のペースで学校生活を送り、それでもし卒業できなければ辞めることにしよう」ということにし、またなんとか学校へ通い始めることができました。

しかし、相変わらず勉強する気は起きず、授業中に当てられるとしょっちゅう顔が赤くなっていました。

授業中の情けない自分の姿を見た周りの人たちが、自分について話しているんじゃないかと不安に思うこともよくあり、心が折れそうにもなりました。


ちなみに担任の先生からは、通信制の高校への転校を勧められました。


しかし、転校することなく、なんとか無事に高校を卒業することができました。


ですが、当時は高校での生活に精一杯で、到底進路のことなどについて考える余裕はありませんでした。

なので、受験することも進学することもなく、
高校卒業後はニートになりました。

周りには「浪人する」という風に話していましたが、正直、勉強する気も進学する気もまったくありませんでした。

浪人する友達から一緒に予備校に入らないかと誘われましたが、授業中に当てられるのが怖いので、断りました。

ニートになってみて

やはり学校生活がかなりのストレスになっていたのか、ニートになって、とてもすっきりしたというか、肩の荷がストンと下りたような感じがしました。

こうして、浪人生のふりをしたニート生活が始まりました。

社会不安障害というものを知って

当時はこういう性格なんだろうと諦めていましたが、高校卒業後に、社会不安障害という病気があることを知りました。
症状などを見て、「ああ、自分はまさにこれだ」と思いました。

現在はメンタルクリニックへ通い、社会不安障害に効くという抗うつ薬を飲んでいます。
最近は赤面するような状況があまりないので断言はできませんが、顔が赤くなることは以前に比べると減ってきたような気がします。
このまま快方に向かってほしいです!

森田療法 (講談社現代新書)

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